阿波・和三盆糖

和三盆糖和三盆糖とは

江戸時代に砂糖の存在が既に知られていて、作られる砂糖は黒砂糖が一般的であった。
徳川吉宗が享保の改革において全国にサトウキビの栽培を奨励し、徳島でもサトウキビが育てられるようになり、領内各地で栽培できるまでなった。精糖の方法については不明だったため、他国における秘伝扱いの情報を収集し、1800年代前半に精糖方法を確立させた。徳島県で生産されている和三盆を阿波和三盆糖、と呼ばれ全国的に知られるようになった。

和三盆は貴重な特産品として諸国へ売りに出され、全国の和菓子や郷土菓子の発展に大いなる貢献を果たした。

「竹糖」と呼ばれる、砂糖黍を原材料に作られている数少ない国内産の砂糖です。徳島県で主に作られているのは、板野郡上板町で、”ことらや”では「影山製糖」様より阿波和三盆糖を分けていただいております。